目次
はじめに - 生命保険は本当に必要なのか?
「生命保険に入っておくべき」——これは多くの人が当然のように信じている"常識"です。
しかし、本当にそうでしょうか? 特に、若くて健康で、ある程度の貯蓄がある人にとって、生命保険は本当に必要なのでしょうか?
この記事では、「保険料として払ったお金は、死ななければ全て消える」という視点から、20年間で380万円が消えることの意味を考えます。
そして、遺族年金(遺族厚生年金+遺族基礎年金)約4,300万円+貯蓄1,000万円で既に5,300万円の保障があること、年間300万円貯蓄できるなら3年で保険が不要になることを定量的に示します。
感情論や「もしもの時のため」という漠然とした不安ではなく、数値をもとに「貯蓄という合理的な選択」を考えてみましょう。
前提条件 - 「死ななければ保険料は無駄」という考え方
まず、この記事の前提を明確にします。
「死ななければ、払った保険料は全て無駄になる」
生命保険(掛け捨て型)は、死亡した場合にのみ保険金が支払われます。つまり、死ななければ、毎月・毎年払った保険料は1円も返ってきません。
一方、同じ金額を投資信託(S&P500やオールカントリーなど)に投資していれば、複利で増えていきます。
もちろん、「万が一のリスクに備えることの価値」はあります。しかし、そのリスクの確率と、失う投資機会コストを天秤にかけたとき、本当に保険に入る価値があるのか? これが本記事のテーマです。
遺族年金という「国の保険」を忘れていないか?
生命保険を考える前に、すでに日本には「遺族年金」という公的保障制度が存在することを忘れてはいけません。
この記事では「子供1人の家庭」を前提としています。その場合、遺族厚生年金と遺族基礎年金の両方が支給されます。
| 年金の種類 | 年間支給額 | 条件 |
|---|---|---|
| 遺族厚生年金 | 約35万円 | 平均年収500万円の場合(配偶者が終身受給) |
| 遺族基礎年金 | 約123万円 | 子供が18歳になるまで(18年間) |
30歳の会社員(厚生年金加入者)が死亡した場合、遺族年金は2種類支給されます。
- 遺族厚生年金:配偶者が終身受給(85歳まで約2,100万円)
- 遺族基礎年金:子供が18歳まで年123万円(18年間で約2,214万円)
- 合計:約4,314万円
遺族年金の総額:約4,300万円(遺族厚生年金2,100万円 + 遺族基礎年金2,214万円)
この「国の保険」である遺族年金約4,300万円を考慮すると、民間の生命保険で5,000万円の死亡保障を用意する必要性は大幅に低下します。
※注:この記事の前提
この記事では、子供1人の家庭で、年間300万円貯蓄できる人を前提としています。子供が3人以上いる場合は、遺族基礎年金が増額されますが(約123万円/年×子供の数)、支出も大幅に増えるため貯蓄が難しくなります。そのようなケースでは保険の必要性が高まる可能性があります。
現在の貯蓄1,000万円という「自己保険」
さらに、すでに貯蓄が1,000万円ある場合、これ自体が立派な「自己保険」です。
仮に30歳で死亡した場合、遺族が受け取れる資産は以下の通りです。
【死亡時に遺族(配偶者+子供1人)が受け取れる総額】
- 遺族厚生年金(配偶者終身、60年間):約2,100万円
- 遺族基礎年金(子供が18歳まで、18年間):約2,214万円
- 現在の貯蓄:1,000万円
- 合計:約5,314万円
つまり、すでに貯蓄1,000万円がある時点で、遺族年金と合わせて約5,300万円の保障が確保されているのです。
ここで重要な視点は、「貯蓄を増やすことで、保険の必要性は減少する」ということです。
| 現在の貯蓄 | 遺族年金 | 合計保障額 | 追加保険の必要性 |
|---|---|---|---|
| 0円 | 4,300万円 | 4,300万円 | やや高い |
| 500万円 | 4,300万円 | 4,800万円 | 中程度 |
| 1,000万円 | 4,300万円 | 5,300万円 | 低い |
| 2,000万円 | 4,300万円 | 6,300万円 | ほぼ不要 |
このように、貯蓄が増えれば増えるほど、保険の必要性は低下します。
逆に言えば、貯蓄がゼロまたは少額の人ほど、保険の必要性が高いということです。
生命保険のコストを定量化する
まず、生命保険のコストを具体的な数値で見てみましょう。
ここでは、死亡保険金5,000万円を基準に、実際の保険商品で一般的に付帯されるオプションも含めた保険料を算出します。
| 年齢 | 月額保険料 | 年間保険料 | 保障内容 |
|---|---|---|---|
| 30歳男性 | 15,800円 | 189,600円 | 死亡保険金 5,000万円 + 3大疾病特約 + 就労不能特約 + 先進医療特約 |
| 30歳女性 | 12,500円 | 150,000円 | 死亡保険金 5,000万円 + 3大疾病特約 + 就労不能特約 + 先進医療特約 |
| 40歳男性 | 23,400円 | 280,800円 | 死亡保険金 5,000万円 + 3大疾病特約 + 就労不能特約 + 先進医療特約 |
| 40歳女性 | 18,900円 | 226,800円 | 死亡保険金 5,000万円 + 3大疾病特約 + 就労不能特約 + 先進医療特約 |
保険料の内訳と根拠
【基本保障】死亡保険金5,000万円(定期保険・掛け捨て型)
- 30歳男性:月額約8,500円(年間102,000円)
- 30歳女性:月額約6,200円(年間74,400円)
【一般的に付帯されるオプション】
- 3大疾病保障特約(がん・急性心筋梗塞・脳卒中):月額約4,000〜5,000円
→ がんと診断された時点で死亡保険金の一部または全額を受け取れる - 就労不能特約(病気・ケガで働けなくなった場合):月額約2,500〜3,500円
→ 月額10〜15万円の給付金を受け取れる - 先進医療特約:月額約100〜200円
→ 先進医療の技術料(数百万円〜)をカバー
【出典】
第一生命「ジャスト」、オリックス生命「終身保険RISE」、アクサダイレクト生命「定期保険2」、ライフネット生命「かぞくへの保険」などの公式サイト掲載情報をもとに、30歳・40歳の平均的な保険料を算出(2025年1月時点)。実際の保険料は健康状態・職業・喫煙状況により変動します。
30歳男性の場合、月額15,800円、年間189,600円、20年間で3,792,000円を保険料として支払います。
この約380万円を、投資に回していたらどうなるか? それを次のセクションで検証します。
投資機会コストとは何か
機会コスト(Opportunity Cost)とは、「ある選択をすることで、別の選択肢を失うことによる損失」を指します。
生命保険の場合、保険料を払うことで、その資金を投資に回す機会を失います。これが「投資機会コスト」です。
例えば、年間42,000円をS&P500インデックスファンドに投資した場合、年平均7%のリターン(歴史的平均)が期待できます。
投資のシミュレーション条件
- 毎年189,600円を投資(月15,800円)
- 想定リターン:年7%(S&P500の歴史的平均)
- 複利計算
それでは、5年・10年・20年後の比較を見てみましょう。
5年後の比較 - 保険 vs 投資
| 項目 | 生命保険 | 貯蓄(年5%) |
|---|---|---|
| 累計支払額 | 948,000円 | 948,000円 |
| 資産残高(5年後) | 0円 | 約1,052,000円 |
| 運用益 | 0円 | +104,000円 |
5年後の時点で、貯蓄の場合は約105万円の資産が形成されています。一方、保険料は95万円を払っていますが、資産としては0円です。
保険に入ることで、95万円が消える一方、貯蓄に回すことで105万円の資産が残る。この時点ですでに約105万円の差が生まれています。
10年後の比較 - 複利効果が現れ始める
| 項目 | 生命保険 | 貯蓄(年5%) |
|---|---|---|
| 累計支払額 | 1,896,000円 | 1,896,000円 |
| 資産残高(10年後) | 0円 | 約2,385,000円 |
| 運用益 | 0円 | +489,000円(約26%増) |
10年後の時点で、貯蓄は約239万円の資産に成長しています。元本190万円に対して、運用益は49万円(約26%増)です。
保険の場合、190万円を払っていますが、資産としては何も残っていません。
保険に入ることで190万円が消える一方、貯蓄に回すことで239万円の資産が残る。この時点で約239万円の差。複利効果がさらに加速します。
この時点で約262万円の差。ここから、複利効果がさらに加速します。
20年後の比較 - 圧倒的な差が生まれる
| 項目 | 生命保険 | 貯蓄(年5%) |
|---|---|---|
| 累計支払額 | 3,792,000円 | 3,792,000円 |
| 資産残高(20年後) | 0円 | 約6,274,000円 |
| 運用益 | 0円 | +2,482,000円(約65%増) |
20年後、貯蓄は約627万円に成長しています。元本379万円に対して、運用益は248万円(約65%増)です。
一方、保険の場合、379万円を払っていますが、資産としては何も残っていません。
保険に入ることで380万円が消える。一方、貯蓄に回すことで627万円が残る。
これは、保険料を払い続けることで失った「貯蓄機会」です。
「10年の安心が262万円なら安いのでは?」という反論に答える
ここで、こういう反論が考えられます。
「10年後の差が262万円なら、30〜40歳の10年間の安心がたった262万円で買えるなら、むしろ安いのでは?」
一見、合理的な考え方に思えます。しかし、この考え方には3つの論理的な誤りがあります。
誤り①:すでに遺族年金4,300万円+貯蓄1,000万円がある
「安心を買う」という発想自体が、すでに5,300万円の保障があることを無視しています。
民間保険の5,000万円は、遺族年金4,300万円(遺族厚生年金2,100万円+遺族基礎年金2,214万円)+貯蓄1,000万円に「上乗せ」されるものです。つまり、死亡時には合計1億300万円が遺族に残ることになります。
本当に必要なのは「1億300万円の保障」でしょうか?それとも「5,300万円の保障で十分」でしょうか?
もし5,300万円で十分なら、追加の民間保険は不要です。つまり、239万円(10年分の保険料)で買っているのは「安心」ではなく、「過剰保障」です。
誤り②:貯蓄が増えれば保険の価値はゼロになる
10年後、貯蓄が1,000万円 → 2,000万円以上に増えた場合を考えてみましょう。
| 時点 | 貯蓄額 | 遺族年金 | 合計保障額 | 保険の必要性 |
|---|---|---|---|---|
| 現在(30歳) | 1,000万円 | 4,300万円 | 5,300万円 | 低い |
| 10年後(40歳) | 2,000万円+ | 4,300万円 | 6,300万円+ | ほぼ不要 |
つまり、10年後には貯蓄自体が増えているため、保険の必要性は消滅します。
262万円を払って「10年間の安心を買った」つもりでも、実際には5年目〜10年目の安心は既に不要だった可能性が高いのです。
つまり、「10年間の安心」ではなく、「せいぜい最初の3〜5年間の安心」しか買っていないことになります。
誤り③:安心の「単価」が不当に高い
仮に「10年間の安心」を262万円で買えるとします。これは年間26.2万円、1日あたり約717円です。
しかし、30歳男性の10年以内死亡率は0.7%(約143人に1人)です。
つまり、99.3%の確率で「使わない安心」に対して、年間26.2万円を払っているのです。
これを期待値で計算すると:
- 保険金5,000万円 × 死亡確率0.7% = 期待値35万円
- 10年間の保険料総額:190万円
- 差額:-155万円(10年間で155万円の損失)
期待値で見ると、保険は10年間で155万円の損失を確定させる商品です。
これは「安心を買っている」のではなく、「統計的に不利な賭けに参加している」に過ぎません。
結論:「10年の安心が262万円なら安い」という発想は、以下の3点を見落としています。
- ①すでに遺族年金+貯蓄で5,300万円の保障があること
- ②貯蓄が増えれば保険の必要性は消滅すること
- ③期待値で見ると統計的に不利な賭けであること
つまり、「安心を買っている」つもりが、実際には「過剰保障に対する非合理的な支出」なのです。
年間300万円貯蓄できる人にとっての保険の価値
さらに重要な視点として、「年間300万円貯蓄できる人にとって、保険の価値はどれだけあるのか?」を考えてみましょう。
年間300万円貯蓄できる場合、貯蓄残高の推移は以下の通りです(投資なし、単純貯金の場合)。
| 経過年数 | 貯蓄額(現金のみ) | 遺族年金 | 合計保障額 | 保険の必要性 |
|---|---|---|---|---|
| 現在 | 1,000万円 | 4,300万円 | 5,300万円 | 低い |
| 1年後 | 1,300万円 | 4,300万円 | 5,600万円 | ほぼ不要 |
| 3年後 | 1,900万円 | 4,300万円 | 6,200万円 | 完全に不要 |
| 5年後 | 2,500万円 | 4,300万円 | 6,800万円 | 完全に不要 |
年間300万円貯蓄できる人は、わずか3年後には貯蓄1,900万円+遺族年金4,300万円=合計6,200万円の保障を持つことになります。
つまり、「貯蓄力」自体が最強の保険なのです。
年間300万円貯蓄できる人が保険に入ることは、「3年後には不要になる保険に10年分・20年分の保険料を前払いしている」ことに等しい。
さらに、この貯蓄を投資に回した場合はどうでしょうか?
| 経過年数 | 貯蓄資産(年5%) | 遺族年金 | 合計保障額 |
|---|---|---|---|
| 現在 | 1,000万円 | 4,300万円 | 5,300万円 |
| 5年後 | 約2,700万円 | 4,300万円 | 7,000万円 |
| 10年後 | 約4,800万円 | 4,300万円 | 9,100万円 |
年間300万円を貯蓄(年5%運用)に回せる人は、10年後には貯蓄資産4,800万円+遺族年金4,300万円=合計9,100万円の保障を持つことになります。
この時点で、民間の生命保険5,000万円は完全に不要です。
逆説的に言えば、生命保険が本当に必要なのは以下のような人です。
- 貯蓄がゼロまたは少額(100万円以下)
- 年間貯蓄額が少ない(50万円以下)
- 子供が3人以上いて、支出が多く貯蓄が難しい
- 住宅ローンなど大きな債務がある
つまり、「お金を貯められない人」ほど保険の必要性が高く、「お金を貯められる人」ほど保険の必要性は低いのです。
年間300万円貯蓄できる人が生命保険に入ることは、合理的ではありません。
短期リスクと長期投資の合理性
ここで、よくある反論について考えてみましょう。
「でも、万が一死んだら? 保険なら5,000万円もらえるじゃないか」
確かに、30歳で死亡した場合、保険金5,000万円が遺族に支払われます。一方、投資の場合、5年後で108万円程度しか残っていません。
しかし、30歳の人が5年以内に死亡する確率はどれくらいでしょうか?
| 年齢 | 5年以内死亡率(男性) | 10年以内死亡率(男性) |
|---|---|---|
| 30歳 | 約0.3% | 約0.7% |
| 40歳 | 約0.8% | 約2.0% |
30歳男性が5年以内に死亡する確率は約0.3%、つまり300人に1人以下です。
この99.7%の確率で「死なない」ケースにおいて、保険料は全て無駄になり、投資していれば得られたはずの108万円(5年後)、262万円(10年後)、777万円(20年後)の資産を失うことになります。
短期的なリスク(0.3%)と、長期的な投資機会損失(100%確実)を天秤にかけたとき、どちらが合理的か?
これが、本記事の問いかけです。
生命保険が必要なケースとは?
もちろん、全ての人に生命保険が不要というわけではありません。
以下のようなケースでは、生命保険が有効です。
生命保険が必要なケース
- 扶養家族がいる(配偶者・子供など)
自分が死んだら生活に困る人がいる場合、保険で保障する価値がある - 住宅ローンなど大きな債務がある
債務を遺族に残さないため、団信(団体信用生命保険)など - 投資に回す余裕資金がない
貯蓄ゼロで投資リスクを取れない場合、最低限の保障として - 健康状態に不安がある
将来保険に入れなくなるリスクがある場合、早めに加入
一方、独身で扶養家族がいない、健康で貯蓄がある程度ある人にとっては、保険料を投資に回す方が合理的と言えます。
まとめ - 合理的な判断をするために
この記事では、遺族年金・現在の貯蓄・貯蓄力を考慮したうえで、生命保険の必要性を定量的に分析しました。
【重要な発見】
- ①遺族年金だけで約5,000万円の保障がある
- ②貯蓄1,000万円+遺族年金=約6,000万円の保障
- ③年間300万円貯蓄できるなら、3年後には保険不要
- ④20年間の保険料379万円を投資に回すと777万円になる(差額777万円)
- ⑤「10年の安心が262万円」という発想は、遺族年金と貯蓄増加を無視している
「貯蓄力」が高い人にとって、生命保険は合理的ではありません。
なぜなら、貯蓄を増やすこと自体が最強の保険だからです。年間300万円貯蓄できる人は、わずか3年後には保険が不要になるレベルの資産を持ちます。
一方、生命保険が本当に必要なのは以下のような人です。
- 貯蓄がゼロまたは少額(100万円以下)
- 年間貯蓄額が少ない(50万円以下)
- 扶養家族が多い(配偶者+子供2人以上)
- 住宅ローンなど大きな債務がある
つまり、「お金を貯められない人」ほど保険の必要性が高く、「お金を貯められる人」ほど保険の必要性は低いのです。
「みんなが入っているから」ではなく、自分の貯蓄・貯蓄力・遺族年金を踏まえた合理的な判断をすることが重要です。
この記事が、生命保険の必要性を「遺族年金」「貯蓄」「貯蓄力」の3つの視点から定量的に考えるきっかけになれば幸いです。