目次

  1. はじめに - 何が起きているのか
  2. B型肝炎給付金とは何か
  3. 2025年に起きた支払い遅延の実態
  4. GSS(ガバメントソリューションサービス)とは
  5. 法務省のGSS移行プロジェクト
  6. DX失敗の構造的問題点
  7. まとめ - 揚げ足取りではなく、前を向いて考える

はじめに - 何が起きているのか

2025年、B型肝炎給付金の支払いが大幅に遅延している問題が報じられました。本来スムーズに支払われるはずの賠償金が、前年度比で約6割程度まで落ち込む異常事態です。

原因として「新システム導入による事務処理の遅延」が指摘されていますが、政府は詳細を公表していません。

この背景にあると強く疑われるのが、法務省がデジタル庁主導の「GSS(ガバメントソリューションサービス)」へ移行したことです。

報道では「DX失敗」として揚げ足を取るような論調が目立ちます。しかし、個人的には、むしろこれは「デジタル化を進める上で避けられない痛み」だと感じています。

問題は、IT人材が国の組織に圧倒的に不足していることです。この記事では、GSSとは何か、法務省で何が起きたのか、そして「なぜIT人材を国にもっと増やすべきなのか」を考えます。

B型肝炎給付金とは何か

B型肝炎給付金は、昭和23年(1948年)〜昭和63年(1988年)の集団予防接種で、注射器の使い回しによりB型肝炎ウイルスに感染した方々への国家賠償です。

対象者:集団予防接種でB型肝炎に感染した方とその遺族

給付額:病態に応じて50万円〜3,600万円

請求期限:2027年3月まで(特別措置法による延長)

支払い方法:裁判所で和解成立後、法務省が給付金を支給

この制度は、国の過失によって健康被害を受けた方々への救済措置であり、迅速な支払いが求められる極めて重要な制度です。

2025年に起きた支払い遅延の実態

報道によれば、2025年度の給付金支払件数が前年度比で約6割程度に落ち込んでいるとの指摘があります。

通常、和解成立から数週間〜数ヶ月で支払われるはずの給付金が、半年以上遅延しているケースもあるとされています。

法務省は公式に「新システム導入に伴う事務処理の一時的な遅延」と説明していますが、どのシステムが原因なのか、どのベンダーが関わっているのかは明らかにされていません。

この「新システム」こそが、デジタル庁主導のGSS(ガバメントソリューションサービス)への移行である可能性が極めて高いとされています。

GSS(ガバメントソリューションサービス)とは

GSS(Government Solution Service)は、デジタル庁が主導する政府共通の情報システム基盤です。

GSSの目的

  • 各省庁がバラバラに運用していたシステムを統合
  • セキュアな閉域ネットワーク環境の提供
  • 職員用PC、ネットワーク、業務アプリをクラウド環境で統合運用
  • コスト削減と運用効率化

従来、各省庁は独自のネットワークシステム(統合WANなど)を運用していましたが、GSSに順次移行することで、政府全体のDXを推進する構想です。

GSSの全体運用はNECが落札(約231億円)しており、各省庁の移行支援には複数の企業が関わっています。

正直、この構想自体は正しいと思います。各省庁がバラバラにシステムを運用するより、共通基盤で統合した方が効率的です。問題は、それを実行する体制が整っていなかったことです。

法務省のGSS移行プロジェクト

デジタル庁の公開資料によれば、法務省は2022年度から設計を開始し、2025年10月頃から本格的にGSSへ移行する計画でした。

法務省のGSS移行データ

対象拠点:約1,055拠点

対象人数:約18,700人

移行支援業者:KDDI(約7,797万円)

回線工事:Kansai Airport Technical Service(約237万円)

法務省は全国に多数の拠点を持ち、裁判所、刑務所、入国管理局など極めて重要な業務を担当しています。

このような大規模組織が一斉にシステム移行を行うことは、極めてリスクが高いプロジェクトです。

しかし、現時点で政府が公式に「GSSの移行トラブルがB型肝炎給付金の遅延に直結している」と認めた資料は存在しません。あくまで状況証拠から強く疑われる、という段階です。

私が問題だと思うのは、こういう大規模プロジェクトを推進する際、IT人材が圧倒的に不足していることです。外部ベンダーに丸投げするのではなく、省庁内部にも技術を理解できる人材が必要なはずです。

DX失敗の構造的問題点

では、仮にGSS移行がB型肝炎給付金遅延の原因だとして、何が問題だったのかを構造的に分析します。

① ガバナンスと設計の問題

大規模システム移行のタイミングで、リスクヘッジが不十分だった可能性があります。

  • 全拠点を一斉に移行するのではなく、段階的に移行すべきだった
  • 給付金支払いなどの重要業務は、移行後も旧システムで並行稼働させるべきだった
  • 移行直後の障害対応体制が不十分だった

② アーキテクチャの過度なGSS依存

GSSに障害が発生した場合、業務が全面停止するリスクがあります。

  • 単一の共通基盤に全てを依存するのは、障害時の影響範囲が広すぎる
  • 重要業務は独立したバックアップシステムを持つべき

③ 移行計画とテストの不足

総合テストや障害時の検証が不十分だった可能性があります。

  • 実環境での負荷テストが不足していた
  • 業務フローの変更に対応するマニュアル整備が間に合っていなかった
  • 移行直後のトラブルシューティング体制が不十分だった

④ IT人材の圧倒的不足

最大の問題は、国の組織内にIT人材が圧倒的に不足していることです。

  • 職員の大半はシステムの仕組みを理解できていない
  • 紙やExcelでの業務に依存し、デジタル化が中途半端
  • ヘルプデスクも外部委託で、現場の業務を理解していない
  • 技術を理解できる公務員が圧倒的に少ない

これは民間企業でも同じです。IT部門がいても、実際の現場業務を理解している技術者は少ない。だからこそ、国はもっと積極的にIT人材を採用し、育成すべきです。

⑤ 説明責任の欠如

最大の問題は、政府が詳細を公表していないことです。

  • 何が原因で遅延しているのか、国民に説明がない
  • どのベンダーがどの部分を担当し、どこで問題が起きたのか不明
  • 透明性の欠如が、同じ失敗を繰り返すリスクを高めている

まとめ - 揚げ足取りではなく、前を向いて考える

報道では「DX失敗」として批判的に取り上げられますが、私はこの見方に違和感を覚えます。

確かに、B型肝炎給付金の遅延は深刻な問題です。しかし、デジタル化を進めなければ、10年後、20年後には、もっと大きな問題が起きるでしょう。

紙とExcelで業務を続けることは、長期的には不可能です。システムが古くなり、メンテナンスできる人材もいなくなる。今回の痛みは、デジタル化を進める上で避けられないものだったと思います。

では、何が足りなかったのか?答えは明確です。IT人材です。

国の組織には、技術を理解できる人材が圧倒的に不足しています。外部ベンダーに丸投げするのではなく、省庁内部にもシステムを理解し、プロジェクトを推進できるIT人材が必要です。

公務員にもっとIT人材を増やすべきです。民間企業のエンジニアが公務員として働けるような制度改革、給与体系の見直し、そして技術者が尊重される組織文化が必要です。

結論:デジタル化は進めるべきです。ただし、それを成功させるには、IT人材を国にもっと増やし、技術を理解できる組織に変える必要がある。

今回の事例を「失敗」として批判するのではなく、「何が足りなかったのか」を冷静に分析し、次に活かすことが重要です。

デジタル化は避けられない。だからこそ、人材に投資し、組織を変え、前に進むしかないと思います。

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