情報の非対称性とは

情報の非対称性(Information Asymmetry)とは、取引の当事者間で保有する情報に格差がある状況を指します。

情報の非対称性があると、市場の失敗が発生し、効率的な資源配分が実現されません。

重要ポイント:情報の非対称性には、「契約前」に起きる問題(逆選択)「契約後」に起きる問題(モラルハザード)の2種類があります。

モラルハザード(Moral Hazard)

モラルハザードとは

定義:契約後に、情報優位にある側が、相手方に観察されない行動をとることで、相手方に不利益を与える問題

発生タイミング:契約後(事後的)

原因:相手が自分の行動を監視できないため、怠慢や不正を行う

モラルハザードの具体例(たくさん)

📌 例1:保険のモラルハザード

状況:火災保険に加入したAさん

  • 契約前:Aさんは火事に気をつけて生活していた
  • 契約後:「火事になっても保険金がもらえる」と思い、タバコの不始末や火の不始末が増える
  • 問題:保険会社は、Aさんの日常行動を監視できない

📌 例2:自動車保険のモラルハザード

状況:自動車保険に加入したBさん

  • 契約前:安全運転を心がけていた
  • 契約後:「事故を起こしても保険でカバーされる」と思い、スピード違反や危険運転が増える
  • 問題:保険会社は、Bさんの運転態度を常時監視できない

📌 例3:医療保険のモラルハザード

状況:医療保険に加入したCさん

  • 契約前:健康に気を使い、バランスの良い食事と運動を心がけていた
  • 契約後:「病気になっても保険で治療費が出る」と思い、暴飲暴食や運動不足になる
  • 問題:保険会社は、Cさんの生活習慣を監視できない

📌 例4:企業の経営者と株主(プリンシパル・エージェント問題)

状況:株主(プリンシパル)が経営者(エージェント)に経営を委託

  • 期待:経営者は株主の利益を最大化するために努力するはず
  • 現実:経営者は、自分の報酬や地位を優先し、過剰な投資や無駄遣いをする
  • 問題:株主は、経営者の日常業務を監視できない

📌 例5:従業員の怠慢(労働市場)

状況:会社(雇用主)が従業員を雇用

  • 期待:従業員は給料に見合った仕事をするはず
  • 現実:従業員は、上司が見ていないときにサボったり、手を抜いたりする
  • 問題:会社は、従業員の行動を常時監視できない

📌 例6:銀行と借り手(貸出市場)

状況:銀行が企業に融資

  • 期待:企業は、融資を健全な事業に使うはず
  • 現実:企業は、リスクの高い投機的な事業に融資を使う
  • 問題:銀行は、融資後の企業の資金使途を完全に監視できない

📌 例7:公務員の怠慢

状況:国民が税金で公務員を雇用

  • 期待:公務員は国民のために働くはず
  • 現実:公務員は、クビになりにくいため、怠慢になったり、非効率な業務を続ける
  • 問題:国民は、公務員の日常業務を監視できない

📌 例8:政治家の汚職

状況:国民が選挙で政治家を選ぶ

  • 期待:政治家は国民の利益を考えて政策を決めるはず
  • 現実:政治家は、自分の利益や支援者の利益を優先する
  • 問題:国民は、政治家の日常行動を監視できない

モラルハザードの共通点:すべて「契約後」に発生し、「相手が監視できない行動」をとることで問題が起きます。

逆選択(Adverse Selection)

逆選択とは

定義:契約前に、情報劣位にある側が、良質な取引相手を選べず、悪質な取引相手ばかりが市場に残る問題

発生タイミング:契約前(事前的)

原因:売り手と買い手の間で、商品の品質に関する情報が偏っている

逆選択の具体例

📌 例1:中古車市場(レモン市場)

状況:中古車市場で、買い手は車の品質を知らない

  • 売り手:自分の車が良質か粗悪か知っている
  • 買い手:車の品質がわからない
  • 問題:買い手は、良質な車も粗悪な車も同じ価格でしか買わない
  • 結果:良質な車の売り手は市場から撤退し、粗悪な車(レモン)ばかりが残る

📌 例2:保険市場

状況:保険会社は、加入者のリスクを完全には知らない

  • 低リスク者:健康で、保険を使う可能性が低い
  • 高リスク者:持病があり、保険を使う可能性が高い
  • 問題:保険会社は、両者を区別できず、同じ保険料を設定する
  • 結果:低リスク者は「保険料が高い」と感じて加入せず、高リスク者ばかりが加入する

📌 例3:労働市場

状況:企業は、応募者の能力を完全には知らない

  • 優秀な応募者:高い給料を要求する
  • 無能な応募者:低い給料でも働きたい
  • 問題:企業は、面接だけでは能力を判断できない
  • 結果:企業は、低い給料しか提示せず、優秀な人材は応募しなくなる

逆選択の共通点:すべて「契約前」に発生し、「情報を持たない側が、良質な相手を選べない」ことで問題が起きます。

シグナリング(Signaling)

シグナリングとは

定義:情報優位にある側が、自分の品質の高さを相手に伝えるために、コストをかけて信号を発すること

目的:逆選択を回避し、良質な取引を実現する

シグナリングの具体例

📌 例1:学歴(労働市場)

状況:企業は、応募者の能力を知らない

  • 優秀な応募者:有名大学を卒業し、学歴をアピールする
  • 企業:「有名大学卒 = 優秀」とみなし、高い給料を提示する
  • 効果:学歴がシグナルとなり、優秀な人材を採用できる

📌 例2:資格・免許

  • 医師免許:医学の知識があることを示すシグナル
  • 公認会計士:会計の専門知識があることを示すシグナル
  • 中小企業診断士:経営の知識があることを示すシグナル

📌 例3:保証・アフターサービス(中古車市場)

  • 良質な車の売り手:「1年間保証」を付けて販売する
  • 粗悪な車の売り手:保証を付けられない(すぐ故障するから)
  • 効果:保証がシグナルとなり、買い手は良質な車を選べる

📌 例4:広告費用

  • 良質な商品:高額な広告費をかけても、リピート購入で回収できる
  • 粗悪な商品:広告費をかけても、リピートされないので損をする
  • 効果:広告費の高さがシグナルとなり、消費者は良質な商品を選べる

スクリーニング(Screening)

スクリーニングとは

定義:情報劣位にある側が、相手の品質を見極めるために、選別の仕組みを設計すること

目的:逆選択を回避し、良質な取引相手を選ぶ

スクリーニングの具体例

📌 例1:保険の自己負担額(Deductible)

  • 保険会社:複数のプランを提示(自己負担額が高い/低い)
  • 低リスク者:「自己負担額が高いプラン(保険料が安い)」を選ぶ
  • 高リスク者:「自己負担額が低いプラン(保険料が高い)」を選ぶ
  • 効果:保険会社は、加入者のリスクを見極められる

📌 例2:試用期間(労働市場)

  • 企業:新入社員に試用期間を設ける
  • 優秀な社員:試用期間中に良い成果を出す
  • 無能な社員:試用期間中に成果を出せず、本採用されない
  • 効果:企業は、社員の能力を見極められる

インセンティブ(Incentive)

インセンティブとは

定義:相手の行動を望ましい方向に誘導するために、報酬や罰則を設計すること

目的:モラルハザードを防ぎ、相手の努力を引き出す

インセンティブの具体例

📌 例1:成果報酬(労働市場)

  • 固定給のみ:従業員はサボる可能性がある
  • 成果報酬:売上の一部を報酬にすることで、従業員は努力する
  • 効果:モラルハザードを防ぎ、生産性が向上する

📌 例2:ストックオプション(経営者)

  • 問題:経営者は、短期的な利益を優先しがち
  • 対策:経営者に自社株を報酬として与える
  • 効果:経営者は株価を上げるために、長期的な経営をする

📌 例3:デポジット(レンタル市場)

  • 問題:レンタカーを借りた人が、乱暴に扱う可能性がある
  • 対策:デポジット(保証金)を預かる
  • 効果:借り手は、車を丁寧に扱うようになる

自己選択(Self-Selection)

自己選択とは

定義:複数の選択肢を提示し、相手が自分の好みに応じて選ぶことで、相手の情報を引き出す仕組み

目的:情報劣位にある側が、相手の情報を得る

自己選択の具体例

📌 例1:保険のプラン選択

  • プランA:自己負担額が高い(保険料が安い)
  • プランB:自己負担額が低い(保険料が高い)
  • 低リスク者:プランAを選ぶ
  • 高リスク者:プランBを選ぶ
  • 効果:保険会社は、加入者のリスクを見極められる

📌 例2:携帯電話の料金プラン

  • プランA:データ容量が多い(料金が高い)
  • プランB:データ容量が少ない(料金が安い)
  • ヘビーユーザー:プランAを選ぶ
  • ライトユーザー:プランBを選ぶ
  • 効果:携帯会社は、顧客のニーズを把握できる

試験対策におすすめの教科書

情報の非対称性などの経済学・経済政策の理解を深めるには、「みんなが欲しかった!中小企業診断士の教科書(上)」がおすすめです。フルカラー図解でわかりやすく、初学者でも理解しやすい構成になっています。

Amazonで詳細を見る

試験対策のポイント

🎯 モラルハザードと逆選択の違い

  • モラルハザード:契約後、相手の行動が観察できない
  • 逆選択:契約前、相手の品質がわからない

📌 対策の違い

  • シグナリング:情報優位側が、自分の品質を伝える(逆選択の対策)
  • スクリーニング:情報劣位側が、相手の品質を見極める(逆選択の対策)
  • インセンティブ:報酬・罰則で行動を誘導する(モラルハザードの対策)
  • 自己選択:複数の選択肢を提示して情報を引き出す(逆選択の対策)

⚠️ 頻出の誤答パターン

  • ❌ 「モラルハザードは契約前に起きる」→ 正しくは「契約後」
  • ❌ 「逆選択は契約後に起きる」→ 正しくは「契約前」
  • ❌ 「シグナリングは情報劣位側が行う」→ 正しくは「情報優位側」

まとめ

📚 情報の非対称性のまとめ

モラルハザード:契約後に相手の行動が観察できず、怠慢や不正が起きる

逆選択:契約前に相手の品質がわからず、悪質な相手ばかりが残る

対策:

  • シグナリング:情報優位側が品質を伝える
  • スクリーニング:情報劣位側が品質を見極める
  • インセンティブ:報酬・罰則で行動を誘導
  • 自己選択:選択肢を提示して情報を引き出す

情報の非対称性は、中小企業診断士試験で頻出のテーマです。特に、モラルハザードと逆選択の違い、そして各対策の内容をしっかり理解しておきましょう。