アダム・スミスの「見えざる手」とは
アダム・スミス(Adam Smith)は、1776年に出版された『諸国民の富(国富論)』の中で、「見えざる手(invisible hand)」という概念を提唱しました。
📖 「見えざる手」の意味
「消費者は自分の利益を、企業は利潤をそれぞれできるだけ大きくしようと利己的に行動すると、競争的な価格メカニズムという神の『見えざる手』に導かれて、より大きな社会的厚生を得ることができる」
つまり、個人が自分の利益を追求すると、結果的に社会全体の利益も向上するという考え方です。これが市場経済の基本原理とされています。
「見えざる手」が機能する条件
しかし、「見えざる手」が常に機能するわけではありません。以下の条件が必要です。
✅ 完全競争市場が成立している
- 多数の売り手と買い手が存在する
- 自由な参入・退出が可能
- 情報が完全(すべての参加者が同じ情報を持つ)
- 外部性がない(取引が第三者に影響を与えない)
これらの条件が満たされない場合、「市場の失敗」が発生します。
市場の失敗とは
市場の失敗(Market Failure)とは、市場の自由競争に委ねた結果として、パレート最適ではない配分(失敗)が生ずることを指します。
パレート最適とは:「誰かの効用を下げずに、他の誰かの効用を上げることができない状態」のこと。つまり、資源配分が最も効率的な状態を指します。
市場の失敗が生じる代表的な5つのケース
- ① 不完全競争:独占・寡占などで競争が働かない
- ② 外部性の存在:取引が第三者に影響を与える(外部不経済・外部経済)
- ③ 公共財の存在:非排除性・非競合性を持つ財(国防、治安など)
- ④ 情報の不完全性:情報の非対称性により適切な判断ができない
- ⑤ 費用逓減産業:規模の経済が働き、自然独占が発生する
外部不経済による「過大生産」の問題
市場の失敗の中でも、特に重要なのが「外部不経済」です。
外部不経済とは
外部不経済(Negative Externality)とは、ある経済主体の活動が、他の経済主体に悪影響を与えるが、その費用が価格に反映されない状況を指します。
📌 具体例:工場の公害問題
- 工場(A社):製品を生産すると、煙や排水が出る
- 周辺住民(Bさん):煙や排水により、洗濯物が汚れたり、健康被害を受ける
- 問題点:工場は、住民への被害コストを負担していない
外部不経済が存在する場合の問題
外部不経済が存在する場合、自由競争に委ねた結果の均衡(完全競争市場均衡)における生産量は、パレート最適な生産量に比べて過大になる。
なぜ過大生産になるのか?
外部不経済を発生させる主体が、自らのもたらす外部性(周囲への迷惑)を考慮せずに生産量を決定するからです。工場は、住民への被害コストを負担しないため、社会的に見れば「作りすぎ」になってしまいます。
試験問題を解いてみよう
実際の中小企業診断士試験の問題を見てみましょう。
📝 問題文
経済学の始祖といわれるアダム・スミスが『諸国民の富:1776年』の中で述べた言葉であり、次のような意味で使われる。
「消費者は自分の効用を、企業は利潤をそれぞれできるだけ大きくしようと利己的に行動すると、競争的な価格メカニズムという神の『見えざる手(invisible hand)』に導かれて、より大きな社会的厚生を得ることができる」
外部不経済が存在する場合、自由競争に委ねた結果の均衡(完全競争市場均衡)における生産量は、パレート最適な生産量に比べて【 A 】になる。これは、外部不経済を発生させる主体が自らのもたらす外部性(周囲への迷惑)を考慮せずに生産量を決定するからである。
よって【 A 】には「過大」が入る。
また、市場の自由競争に委ねた結果として、パレート最適ではない配分(失敗)が生ずることから、このような現象は「市場の失敗」とよばれる。
したがって【 B 】には「市場の失敗」が入る。
💡 正解
- 【 A 】過大
- 【 B 】市場の失敗
「過大生産」になる理由を図で理解
📊 外部不経済がある場合の供給曲線
私的限界費用(PMC):企業が負担するコスト(原材料費、人件費など)
社会的限界費用(SMC):私的限界費用 + 外部不経済のコスト(公害被害など)
企業は私的限界費用だけを考慮して生産量を決めるため、社会的限界費用よりも多く生産してしまいます。
🔍 具体的な数値例
- 社会的に最適な生産量:1000個(公害被害を考慮した場合)
- 市場均衡での生産量:1500個(企業が自由に生産した場合)
- 過大生産:1500個 - 1000個 = 500個
この500個が、「作りすぎ」の部分です。社会全体で見れば、この500個を作らない方が効率的なのです。
市場の失敗への対処法
市場の失敗が発生した場合、政府が介入して調整する必要があります。
外部不経済への対処法
- ① ピグー税(環境税):外部不経済の分だけ課税して、企業に負担させる
- ② 直接規制:排出量の上限を設定する
- ③ 排出権取引:排出枠を市場で取引させる
- ④ コースの定理による交渉:当事者間で話し合って解決する(取引費用が低い場合)
他の市場の失敗への対処法
- 不完全競争:独占禁止法、公正取引委員会による監視
- 公共財:政府が直接供給する(国防、警察、消防など)
- 情報の非対称性:情報開示義務、消費者保護法
- 費用逓減産業:公的企業による供給、価格規制
試験対策のポイント
🎯 アダム・スミスの「見えざる手」の覚え方
- 出典:『諸国民の富(国富論)』1776年
- 意味:個人が利己的に行動すると、競争的な価格メカニズム(神の見えざる手)により、社会的厚生が向上する
- 前提条件:完全競争市場、外部性がない、情報が完全
📌 市場の失敗の5つのケース
- ① 不完全競争:独占・寡占
- ② 外部性:外部不経済(公害)・外部経済(教育、研究開発)
- ③ 公共財:国防、治安、灯台
- ④ 情報の不完全性:中古車市場、保険市場
- ⑤ 費用逓減産業:電力、水道、鉄道
⚠️ 頻出の誤答パターン
- ❌ 「外部不経済があると過少生産になる」→ 正しくは「過大生産」
- ❌ 「見えざる手は常に機能する」→ 市場の失敗が起きると機能しない
- ❌ 「外部経済も過大生産になる」→ 外部経済は「過少生産」になる
まとめ
📚 アダム・スミスの「見えざる手」と市場の失敗
「見えざる手」が機能する条件:
- 完全競争市場
- 外部性がない
- 情報が完全
市場の失敗が生じる5つのケース:
- ① 不完全競争
- ② 外部性の存在
- ③ 公共財の存在
- ④ 情報の不完全性
- ⑤ 費用逓減産業
外部不経済の問題:
外部不経済が存在すると、企業が外部性を考慮せずに生産するため、過大生産が発生する。
アダム・スミスの「見えざる手」と市場の失敗は、中小企業診断士試験で頻出のテーマです。特に、外部不経済による「過大生産」のメカニズムをしっかり理解しておきましょう。