コースの定理とは何か
コースの定理(Coase Theorem)とは、ノーベル経済学賞受賞者のロナルド・コースが提唱した理論で、「取引費用がゼロで、所有権が明確に定められている場合、当事者間の自主的な交渉により、外部性が解決され、パレート効率的な資源配分が実現される」というものです。
重要ポイント:コースの定理の本質は、「取引費用がゼロなら、所有権の割り当てを変えても、最終的な資源配分は変わらない」ということです。
コースの定理の前提条件
コースの定理が成立するには、以下の2つの前提条件が必要です。
① 取引費用がゼロ(または非常に低い)
取引費用(Transaction Cost)とは、交渉するための費用のことです。具体的には:
- 情報収集コスト:相手を見つけ、情報を集めるコスト
- 交渉コスト:話し合いや契約締結にかかる時間と費用
- 履行監視コスト:契約が守られているか監視するコスト
コースの定理では、「取引費用がゼロ」という理想的な状況を仮定しています。
② 所有権が明確
所有権(Property Rights)が明確に定められている必要があります。つまり、「誰が何をする権利を持っているか」が明確でなければなりません。
具体例:工場の煙害問題
コースの定理を、工場の煙害問題を例に考えてみましょう。
【状況設定】
- 工場(A社):操業すると煙が出て、隣の住民に被害が出る
- 住民(Bさん):煙害で洗濯物が汚れたり、健康被害がある
- 工場の利益:年間1000万円
- 住民の被害:年間600万円相当
ケース1:工場に「操業する権利」がある場合
所有権の割り当て:工場が煙を出す権利を持つ
交渉の結果:
- 住民Bさんは、工場に「操業を止めてもらう」ために、最大600万円まで支払う意思がある
- 工場A社は、操業を止めると1000万円の利益を失う
- 600万円 < 1000万円 なので、交渉は成立しない
- 結果:工場は操業を続ける
ケース2:住民に「きれいな空気を享受する権利」がある場合
所有権の割り当て:住民がきれいな空気を享受する権利を持つ
交渉の結果:
- 工場A社は、操業するために、住民に補償金を支払う必要がある
- 住民Bさんは、600万円以上もらえれば被害を受け入れる
- 工場A社は、1000万円の利益があるので、最大1000万円まで補償できる
- 600万円 < 1000万円 なので、交渉が成立
- 結果:工場は600万円~1000万円を支払って操業を続ける
結論:どちらのケースでも、最終的には「工場が操業を続ける」という結果になります。つまり、所有権の割り当てを変えても、資源配分(工場が操業するかどうか)は変わらないのです。
所有権の割り当てで変わるもの・変わらないもの
変わらないもの
資源配分(工場が操業するかどうか)は変わりません。
これは、パレート効率的な資源配分が実現されるということです。
変わるもの
所得分配(誰がお金を得るか)は変わります。
- ケース1:工場は1000万円の利益を得る、住民は600万円の被害を受ける
- ケース2:工場は1000万円 - 600~1000万円 = 0~400万円の利益、住民は600~1000万円の補償を得る
試験問題を解いてみよう
実際の中小企業診断士試験の問題を見てみましょう。
📝 問題文
コースの定理とは、取引費用(契約するための費用)が存在しない、当事者間の所有権の設定が明確である、といった条件のもとで、当事者間の自由な契約により必ずパレート効率的な配分がなされ、かつ所有権の設定は、所得分配を変更するだけで、実現する資源配分は変わらない、ということを主張するものである。
問:以下の選択肢のうち、正しいものはどれか?
選択肢の検討
ア:「取引費用が存在する状況」ではなく、「取引費用が存在しない状況」である。
❌ 誤り。コースの定理は「取引費用がゼロ(存在しない)」という前提で成り立ちます。
イ:正しい。取引費用が存在しない場合には、所有権の割り当ての方法を変えたとしても、実現する資源配分が変わらないということを明らかにした。
✅ 正解。これがコースの定理の本質です。
ウ:どちらに補償を与えるべきかを主張した考え方ではない。
❌ 誤り。コースの定理は「誰が補償すべきか」を主張するものではなく、「所有権の割り当てを変えても資源配分は変わらない」ことを示すものです。
エ:当事者間の自主的な交渉で外部性が解決可能な場合があることを明らかにした。課税とは関係がない。
❌ 誤り。前半は正しいですが、「課税とは関係がない」という部分が不正確です。コースの定理は、政府の介入(課税など)がなくても外部性が解決できることを示していますが、「関係がない」とまでは言えません。
正解:イ
取引費用がゼロなら、所有権の割り当てを変えても、最終的な資源配分は変わりません。
現実世界でコースの定理が成立しにくい理由
コースの定理は理論的には美しいですが、現実世界では成立しにくいです。その理由は:
① 取引費用がゼロではない
- 情報収集コスト:相手を見つけ、交渉するコストがかかる
- 交渉コスト:話し合いに時間と費用がかかる
- 契約履行コスト:約束が守られているか監視するコストがかかる
② 当事者が多数の場合
例えば、工場の煙害が1000人の住民に影響する場合、1000人全員と交渉するのは非現実的です。これを「フリーライダー問題」と言います。
③ 情報の非対称性
当事者間で情報が偏っている場合、交渉が成立しにくくなります。
注意:コースの定理は、「取引費用がゼロ」という理想的な状況を前提とした理論です。現実には取引費用がかかるため、政府の介入(課税、規制など)が必要な場合が多いです。
試験対策のポイント
🎯 コースの定理の覚え方
- 前提条件:取引費用ゼロ + 所有権が明確
- 結論:所有権の割り当てを変えても、資源配分は変わらない
- 変わるもの:所得分配(誰がお金を得るか)
- 変わらないもの:資源配分(パレート効率性)
📌 頻出の誤答パターン
- ❌ 「取引費用が存在する場合」→ 正しくは「取引費用がゼロ」
- ❌ 「誰が補償すべきかを示す」→ コースの定理は補償の方向を示すものではない
- ❌ 「課税と関係がない」→ 不正確。政府介入なしで解決できることを示すが、課税を否定するものではない
まとめ
📚 コースの定理の本質
取引費用がゼロで、所有権が明確なら、当事者間の交渉により、外部性が解決され、パレート効率的な資源配分が実現される。
所有権の割り当てを変えても、最終的な資源配分は変わらない。変わるのは所得分配だけ。
コースの定理は、中小企業診断士試験で頻出のテーマです。特に、「取引費用がゼロ」という前提条件と、「所有権の割り当てを変えても資源配分は変わらない」という結論を押さえておきましょう。